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Beauty Source キレイの魔法

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クレア1846『幻影』

クレア1846

『幻影』

きらきらと目を綾に霞めるものが見える。
くるくると自転しながら虹色の光を放つ石。
あの方のものだろうか、黒い手袋に覆われた指が、
その石にそっと触れると、回転の速度が増し、
放たれる光の渦は、スモークとともに空間に満ち満ちる。

そこは海辺なのだろう。
静かなさざ波の響きと、かすかな潮の香り。
いつか聞いた、父の故郷のイメージ通りの、鄙びた砂浜。
私は何かを待ちながら、はるか水平線に目をあてる。
ふと気づくと、傍らには小さな男の子。
膝小僧を抱えているのが、あの方の幼い姿だとすぐにわかる。

僕は行くよ。
ええ、わかっています。
もうここにはいられないから。
ごめんなさい。あなたをまた守れなかった。
僕はどこにいるんだろう。どこに流れてゆくんだろう。

立ち上がり、海に向かってゆくあの方を私は追うことができない。
あの方の背を覆い尽くす壮絶な孤独の影は、救済を求めながら
同時に、激しい拒絶の色を溶かしている。
私ではない、私でなくてよいから。
美しき音楽の天使よ、舞い降りて。その翼であの方を包んで。
どうか早く、早く・・・。

「クレア、これを握って、まばたきを。」
夢から醒めたあとのよう。
虚空を見つめていた私に手渡されたのは、鈍い光を秘めたクリスタル。
ひんやりと硬い感触は、ゆっくりと私をうつつに戻してゆく。

「どうだろう、私の見せた幻影は。
 人の記憶の断片と、夢と、希望と、そして絶望を、同時に味わえるマジックは。」
「夢、希望、絶望・・・。」
「絶望の予感なき夢は、単調な音階に過ぎない。
 打ち砕かれるからこそ、甘美な音楽になる。
 君はどんな幻影を?」
「この世では、望めないような栄光。挫折、それから真実。」
「よろしい。成功だ。だが君の顔つきでは、夢から醒めるのに多少のショックが必要なようだな。」
「・・・。」
「素顔でも見せるか、この醜い面構えが仮面から現われたら、客もすぐに現実に戻れるだろう。」
自嘲気味に笑うあの方は、どうやらこのファントム・レビューで、身過ぎ世過ぎをしてゆくつもりらしい。

あの方の旅支度が調った。
真っ黒なマントに身を包み、ますます背が高くみえる。
父の手配した荷車でパリの外れまでゆき、それから東方を目指すという。
「門外不出とかいう、バレエのスコアが手に入ったら送ろう。」
「恐れ入ります。」
「それから、できればルイーズに、音楽の手ほどきを受けさせてやってくれないか?」
「わかりました。」
あの子がなれるのかしら?あの方の天使に。
もしそうなら、私は祝福しよう。全身全霊をこめて。

勇躍とも見えるいきおいで、あの方は衣を翻し、アパルトマンを出て行った。
私にはそれが、過去の全てを払拭しようと願う、あの方の羽音に聴こえた。


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